[ツミと×(バツ)]
[やみろじ]
オリジナルホラー
ショートストーリー
「×(バツ)」
怨みをはらす人形『バツ』
の利用方法4箇条。
一、人形の創作者ツミから、
人形を借りる。
一、殺したい人間を思う。
(より明確であるほうがよい)
一、殺したい方法を人形に施す。
(どんな方法でもかまわない)
一、持ち主ツミに人形を返す。
(もし、すべての部位を、
返せない場合は‥
本人から回収する)
注)殺したい方法を施したあと、
人形×(バツ)は実体化します。
やり直しは決してできませんので、
使用する際はよくお考えになって、
ご利用ください。
少女ツミを呼ぶには‥
まず、ツミが存在を信じること。
「×」を4つ描いたメッセージを、
どこかに残してください。
その怨みを察知したツミが、
あなたの前に現れます。
××××
第一話
「落下する×(バツ)」
ボクはツミから、
小学2年生の香穂(かほ)ちゃんに、
渡された‥。
香穂ちゃんの住む、
団地の前のアスファルトに、
ロウ石で描かれた、
消えかかった○×ゲームの、
下にくっきりと、
×が4つあったからだ。
それは怨みの合図‥
とツミは言っていた。
香穂ちゃんと小指を、
からめて屈託なくツミは唄った。
「ゆびきりげんまん、
うそついたら、
はり千本の~ます、
ゆびきった!」
ツミはボクを残し、
背を向け去っていった。
香穂ちゃんは、
ボクを見て嫌な顔をした‥
でも、いつものこと‥
わかってる、
どんなにボクが醜いか‥
ってことは‥
青白い顔に×の傷、
口は縫われており、
ずだ袋のような服をかぶせられ、
腕の長さも全然違う、
目は大きさの違う、
赤いボタンがついている。
「なんでこんな姿に作ったの?」
時々、ボクが聞くと‥
「人は醜いものを、
壊したくなるものだから‥
怨みをはらすには、
バツの顔がとってもいいのよ」
と、いつもツミは言っていた。
桜がすべて散って、
梅雨に入る前の時季のこと‥
2号棟の香穂ちゃんと、
お隣3号棟の愛(まな)ちゃんは、
幼なじみでした。
その日学校が終って、
いつものように、
3号棟の前の道路で、
○×ゲームをしていた。
そこへ3号棟の4Fに住んでいた、
円井(つぶらい)さん家の、
お兄ちゃんがやってきた。
「愛ちゃん、
おかあさんが呼んでたよ」
やさしい笑顔でいった。
香穂ちゃんは、
円井のお兄ちゃんが、
嫌いだった。
近所にいた野良ネコを、
団地の6Fから投げ落としたのを、
見たことがあったからだ。
ネコは躯を翻して着地した。
一目散にその場から、
去っていった。
円井のお兄ちゃんは、
無表情でさっきネコが、
着地したアスファルトを、
見つめていた。
その一週間後に、
その場所に血だらけの、
犬の落下死体があったのだ。
香穂ちゃんは、
円井のお兄ちゃんの仕業だ‥
とすぐ思った。
口元は笑っていても、
眼鏡の奥の目は笑っていない。
「さぁ、おいで」
愛ちゃんは、
円井のお兄ちゃんが、
差し出した手をとって言った。
「香穂ちゃん、またね‥」
「うん‥」
6Fの通路を、
愛ちゃん家のほうへ歩いている、
円井のお兄ちゃんの、
上半身が見えた。
手摺で姿が見えない愛ちゃんを、
気にしているのか、
下を見て何かをしゃべっていた。
香穂ちゃんも2号棟へ帰りかけた。
もう一度振り返った瞬間、
見えないはずの愛ちゃんが、
手摺の上に抱え上げられていた。
そして、円井のお兄ちゃんは、
愛ちゃんを抱えていた手を離した。
スローモーションのように、
ゆっくりと愛ちゃんは、
硬く冷たいアスファルトへ、
引き寄せられていった。
この前、
近所の飼い犬が、
血に染まっていたその場所に、
愛ちゃんは落ちた。
骨が砕ける音とともに、
血液がまるで生き物のように、
広がっていく。
何分間そこにいただろう‥
香穂ちゃんは、
ようやく我に帰った。
涙をこらえ、
急いで家へ帰ろうとすると、
力強く腕を掴まれた。
円井のお兄ちゃんだった。
いつの間に‥
眼鏡が反射して光っている。
「ダメだよ‥
今のこと誰にも言っちゃ‥」
香穂ちゃんは震える身体を、
おさえるようにして、
うなずいた。
「もし、しゃべったら‥
香穂ちゃんも‥
ぺっちゃんこだからね‥」
香穂ちゃんは溢れだす涙を、
振り払うように、
何度も何度もうなずいた。
愛ちゃんは団地の6Fから誤って、
落下したと事故として処理された。
香穂ちゃんは、
怨みをはらす人形×、
つまりボクのことを、
亡くなった愛ちゃんから、
聞いていたらしい。
聞いた当時は、
半信半疑だったが‥
自分が愛ちゃんに、
してあげられることは、
これくらいしかないと思ったのだ‥
とボクに話してくれた。
香穂ちゃんはボクのお腹を、
ハサミで突き刺したあと‥
6Fから投げ落とした。
香穂ちゃんの怨みを、
お腹の傷に感じながら、
ボクは起き上がった。
6Fから眺めていた、
香穂ちゃんは驚いていた。
人形だったボクが、
実体化したからだ。
その人の怨みが、
ボクの魂となり、
血となり肉となる。
そして、
ボクは暗闇に消えていった。
円井巧(つぶらい たくみ)は、
慌てて自分のモノをしまった。
愛ちゃんを抱えて落とす瞬間の、
泣きじゃくる顔を思い出し、
自慰行為をしていた‥
途中でチャイムが鳴ったので、
不機嫌にドアを開けた。
そこには、誰もいない‥
通路の暗闇の奥に、
愛ちゃんの姿が、
見えたような気がした。
慌ててあとを追う。
階段を昇って追いかけると、
6Fの愛ちゃんの家の前で、
消えてしまった。
「そうだ‥
この手で落としたんじゃないか‥
馬鹿馬鹿しい‥」
円井が帰ろうと振り向くと‥
そこに顔に×の傷がある、
男が立っていた。
青白い顔は生気がなく、
×の傷がやけに生々しい、
大きさのちがう目は、
血のように赤く、
暗闇に光っている。
この世の者ではない‥
そんな浮き世離れした思いが、
円井の頭を過った。
右腕は床に着くくらい長く、
袖口は糸で縫われている。
その縫い目から、
ハサミの尖った先端が、
あらわれた。
その男と円井の距離は、
3mはあった‥
安心していた円井は驚いた。
普通に腕を伸しても、
届かない距離にあったはずの、
ハサミの先が円井の腹に、
突き刺さったからだ。
次の瞬間、
70kgはあろう円井の身体が、
軽々と宙に持ち上がった。
バタつかせる足の下は、
愛ちゃんが落ちた‥
アスファルトが待っている。
この顔に×の傷がある男は、
一体何者なのか??????
答えが出ないまま円井は、
冷たいアスファルトに、
吸い込まれていった。
明け方、
香穂ちゃんはけたたましい、
パトカーのサイレンで、
目を覚ました。
朝食の時、
お母さんから、
円井のお兄ちゃんが、
6Fから転落死したことを、
告げられた。
香穂ちゃんはなるべく自然に、
少し驚いて見せた。
それよりも香穂ちゃんが、
驚いたいたのは‥
人形に戻ったボクが、
香穂ちゃんの部屋に、
あったからだ。
愛ちゃんが、
亡くなった場所には、
花が手向けてあった。
香穂ちゃんの手には、
ボクが抱えられている。
いつの間にか、
香穂ちゃんのうしろに、
ツミが立っていた。
香穂ちゃんは、
「ありがとう」
といって、
お腹に穴のあいたボクを、
ツミに返した。
すると、
空から落下するものがあった。
雨がボクの醜い顔を濡らし、
アスファルトに描かれた、
○×ゲームの跡や、
愛ちゃんの染み付いた血痕も、
香穂ちゃんの悲しみも、
洗い流してくれるに違いない。
さらに雨脚が強くなり、
空を見上げてツミがつぶやいた。
「もう、
梅雨に入ったのかしら?」
ボクは思った‥
雨よ‥もっと、
もっと降り続けと‥。
END